秋色の謎

何故一年中「秋色」なのでしょう??

秋色と書いて「しゅうしき」と読み、実は手前どもの祖先にあたります、
「お秋」という娘の名前を由来としているのです。

>>>>時は江戸時代にさかのぼります。<<<<

寛文の末頃、当時日本橋小網町一丁目に構えておりました当店の娘として
生を受けました。幼い頃から、その当時ご近所に住んでおられました
宝井其角に俳諧を学び、今で言うペンネームとして
秋色女(しゅうしきじょ)および菊后亭秋色(きくごていしゅうしき)
という俳号を名乗っておりました。元祿三年に刊行された
其角の撰集「いつを昔」にも彼女の句が取り上げられているので
少なくともその少し前(貞享四年又は元祿元年)
にはその門下に入門していたと推測されます。

勘の良い方はお気づきかもしれませんが、
何故当ホームページの背景に桜を使用しているのか・・・。
それは代表的な句として十三歳の時に以下のような句を読み、
公寛法親王様の目に留まったことに由来します。

井戸端の 桜あぶなし 酒の酔

この句は今でも春先になると講談の演目として扱って頂いて
おります「秋色桜」というお話にも出てまいります。
(句をクリックしますと講談の「秋色桜」の説明が見られます。)

秋色桜は都内にございます上野公園内の清水観音堂脇で、
現在9代目の桜の木が今でも現役で花を咲かせております。
(桜の木に関してはこちらをクリック)

なお、その際の様子が栄松斎長喜によって描かれているのでご覧下さいませ。
(秋色女の絵をみるにはここをクリック)